泳ぐのは嫌いで良い

友人とランチ。

宇宙へ行きたいと盛り上がる友人に、「自力で呼吸できない所へは行きたくない」と言い、盛り上がる話に乗らないマイペース母辻無残です。

自力で呼吸できないといえば、水の中。

母辻無残は泳ぎません。

泳げません。

幼少期は、ゴボウのような体系で、プールに入っても水に浮かず、水をかいても進まず、周りの子たちが泳いだ後の波によって枯れ枝のように揺られている子どもでした。

そして母辻無残はそのまま大人になってしまったので、子どもとプールへ行く発想は全くなく、我が子にも水遊びをさせてこなかったので、小学生の息子たちはプールの授業が苦手です。

でも、それで良いと思っています。

重たい話になりますが、、、

水辺で事故にあう人は、本来は上手に泳げる人たちだと思っています。

何故なら、泳ぎが苦手な私は泳ぎたいと思わないし、水辺のレジャーへ出かけても『水の中へ入らない』もしくは『そもそも水辺のレジャーへ行かない』ので、水の事故にあう確率も低いはず。

危険に対する認識がない乳幼児は別として、海や川に入って遊ぶ人はきっと『泳ぐのが好き』だったり『泳ぐのが得意』なのだろうと思うし、そんな人でも溺れたり流されたりするということは、泳げない私にとって水辺のレジャーは危険でしかない。

それでも、船の事故や津波などで避けようもなく水に襲われることがあるかもしれません。

ただ、そのような大きな事故や災害の場合に助かるかどうかは、泳力ではなく、ちょっとした判断だったり、自分ではどうすることもできない運だったりすると、私は考えます。

何が言いたいかというと、プールの授業が苦手な子どもたちへ、無理して頑張って克服なんかしなくても良いよ~と言ってあげたいのです。

学生のうちは授業で義務的に泳がされて憂鬱かもしれないけれど、それは、水の中では呼吸が出来なくて体が思うように動かなくて苦しいということを体験する時間であり、大人になったら自分で『泳がない』という選択ができるから、子どものうちに『水の中での動き方』を学んでおいで、、、と我が子には話しています。

夏の終わり、プールの授業が終わってホッとしている母辻無残一家です。

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